令和4年12月7日、次の二冊を読み終えた。
1.司馬遼太郎著/街道をゆく 29 秋田県散歩・飛騨紀行(朝日新聞社、1990年)
2. シュテファン・ツヴァイク著、柴田翔・小川超・神品芳夫・渡辺健訳/四人の巨匠(グーテンベルク21、2016年)
〈感想、メモ〉
1.司馬遼太郎著/街道をゆく 29 秋田県散歩・飛騨紀行(朝日新聞社、1990年)
「週刊朝日」1986年9月26日号から1987年4月17日号まで掲載されたものであるとのこと。「秋田県散歩」における著者と桑原武夫との内藤湖南の毛馬内の旧居についての電話での会話が面白かった。
2. シュテファン・ツヴァイク著、柴田翔・小川超・神品芳夫・渡辺健訳/四人の巨匠(グーテンベルク21、2016年)
バルザック、ディケンズ、ドストエフスキー、モンテーニュという四人の評伝。
バルザックのパートでは、『ゴリオ爺さん』のヴォートランの言葉(ラスティニャックに向けて語られるもの)が引用されていて、面白く思う。
モンテーニュのパートでは、彼とアンリ4世とのエピソードが印象的だった。
(以下引用)モンテーニュはこの若い支配者アンリ・ド・ナヴァールと一種の友情によって結ばれていたのであって、その友情は、ナヴァールが教会から破門されていた時代にも失われなかったのである。(引用終わり)
引用中の「アンリ・ド・ナヴァール」は、カトリーヌ・ド・メディシスの娘婿、後のアンリ四世である。
〈関連記事 カトリーヌ・ド・メディシスに関する記述のある飛鳥昭雄の著作『ノストラダムス』(講談社)を読んだ記録を含む記事〉
このモンテーニュの部の最初の章の冒頭で、『随想録』(『エセー』)を20歳の時に初めて手にした著者ツヴァイクは、「(以下引用)正直のところ当時の私は、それを読んでも何の役にも立てることができなかった(引用終わり)」のだという。率直だと感じた。「1900年前後」には、「個人の自由」を「擁護」する必要性を著者は感じていなかったようであり、種々の権利を著者たちが有していることは当然だと考えられていたようである。「(以下引用)世界は自由であった(引用終わり)」という文章があるが、他の自由を制限しようと考える人間というのは確かに存在し、大げさな言い方だが、包囲網をツヴァイクの言う「われわれ」に気づかれぬように狭めていく作業をする人間はやはり存在するのだ、とブログ執筆者には思われる。
「(以下引用)あまり若すぎて、人生の経験もあさく、絶望を味わったこともないようでは、モンテーニュを正しく評価することはできない。(引用終わり)」とこのモンテーニュの部の第一章にある。考えさせられる一文であった。
〈関連記事 『随想録』(『エセー』についてのエピソードも収められるエリック・ホッファーの自伝を読んだ記録を含む記事)〉
(敬称略)
(『街道をゆく 29』はサピエ図書館の点字データ(秋田県点字図書館制作のもの)を読みました。点訳ボランティアの皆様と関係者の方々に感謝申し上げます。)
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