令和5年3月2日木曜、司馬遼太郎の紀行文『街道をゆく』を読み終えた。kindle版をiPhoneのVoiceOver機能で聴く。
週刊朝日に1972年に連載されたもの(2月11日号~9月29日号)である。
「陸奥のみち」、「肥薩のみち」、「河内のみち」が収録される。本文中に著者の年齢が48歳だと出てくる(「肥薩のみち」の「竜ケ城」)。
全編にユーモアが感じられ、楽しく読んだ。同行する須田画伯とのやり取りや作家富士正晴との電話での会話など、とても面白い。
「陸奥のみち」
南部氏と津軽氏の関係、そして相馬大作について語られる「南部衆」を興味深く読んだ。
(以下、「南部衆」からの引用)私はここでわざと「南部」というふるくからの地域呼称をつかっている。南部とは盛岡市を首邑とする岩手県と八戸市をふくむ青森県のほんの一部をさすのだが、人文地理的にはやはりひっくるめて南部といったほうが総括性があって便利である。(引用終わり)
相馬大作の名が八戸においても語り継がれているという旨の記述などもあり、興味深く感じられた。
〈八戸が登場する現代小説「イサの氾濫」(木村友祐著、未来社)を読んだ記録を含む記事〉
「肥薩のみち」
「八代の夕映え」というパートの中で語られるエピソード、熊本の旧城下地域の鍛冶屋で著者が「石工の金槌(本文中の表現)」を購入する場面が面白かった。「石工の金槌」というのは老鍛冶屋の説明。勢いあまって著者が須田画伯にも購入をすすめて拒否されるというシーンなど、コミカルで可笑しい。
「河内のみち」
大ケ塚という南河内の村について「自衛の村」というパートで語られる。著者は江戸期のこの村落の地図を見たことがあり、そのことでこの村に関心を持ったという。この村の歴史や地図の描写など、興味深く読んだ。
〈『街道をゆく(29)』を読んだ記録を含む記事〉
司馬遼太郎著/街道をゆく 3 陸奥のみち、肥薩のみちほか(朝日新聞出版、2014年電子書籍版)
(敬称略)
(上の画像はPlaygroundにより生成されました。令和六年八月十五日加筆)
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